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◆日本の鉄道廃線の旅50選(リスト)   ◆べんけい号のそっくりさんを見つけました
◆宇部常磐公園のD5118   ◆「SLやまぐち号」H25年運行スタート
◆原 秀顯さんのハガキ   ◆「2012年下松市美術展に招待作品として展示」
◆「ある日の地方公務員」   ◆旧海軍徳山煉炭製造所時代の「弁慶号」の写真発見
  ◆校長在職時の思い出(温故知新)   ◆身近に見たべんけい号  
 
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日本の鉄道廃線の旅  50選(リスト)
平成28年4月10日 会員  栗田一郎
 すべての過ぎ去ったものには、美とロマンがある。いつの日にか、訪れてみたいものだ。
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 宇部常磐公園のD5118
平成25年10月6日 会員  栗田一郎
 痛々しいけども、風格のあるD5118と面会してきた。愛称「デゴイチ」は、昭和11年に制式されて以来、1100両以上が国産されたベストセラーモデルである。
 常磐公園の入口付近に保存されているこの18番機は、銘盤はないが、説明パネルには、「昭和11年3月17日 汽車製造会社製作」と明示されている。なんと、ごくごく初期のモデルだ。
ぼくよりもちょうど10年、先輩格の76歳というわけだ。昭和47年まで厚狭機関区所属で、石灰石輸送に使用されていた。
 この「デゴイチ」 は、おそらく5〜8年くらいは塗装などの手入れがなされていないのであろう、錆や材質劣化が著しくて、満身創痍という保存状態だ。けれども鉄筋コンクリート製の城郭が全くツマラナイのと相反して、この18番機が生き抜いてきた時代背景を思えば、この風雪に耐えた、壮絶と言っても良い今の姿の方が、むしろ彼の風格を忍ばせてくれるような気がする。
 
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べんけい号のそっくりさんを見つけました
平成25年9月18日  会員  栗田一郎(下松市)
小型蒸気機関車全記録 西日本編 に収載された写真の中に、べんけい号のそっくりさんを見つけました。
(発行日 2012年2月28日 第1刷発行 著者 高井薫平  発行所株式会社講談社)
1930年代・旧八幡製鉄(現・新日鉄)河内貯水池工事現場
アメリカ・ボールドウィン製、
自重8トンのB形サドルタンク機関車、軌間:1,067mm(下工弁慶号は762mm)、自重8トン
1930年代・旧八幡製鉄(現・新日鉄)河内貯水池工事現場
ドイツ・ホーヘンツオーレン社から輸入した8トンタンク機関車
軌間:
1,067mm(下工弁慶号は762mm 自重8トン
1930年〜1940年代・旧八幡製鉄(現・新日鉄)河内貯水池工事現場
ドイツ・コッペル社製の機関車。
ホーヘンツオーレン製と比べて
10年ほど遅い導入であった。 軌間1,067mm自重8トン位
 また、同書のコラム欄には、下記のように「下工弁慶号」が紹介されています
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鎌倉市在住  原 秀顯さんからハガキを頂戴しました。
きれいな弁慶号が描かれていました。
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H25年の「SLやまぐち号」のスタートを追っかけました(2013.5.3)
今年は機関車の整備でスタートが5月3日まで遅れました。追っかけてみました。
(クリックすると大きな写真でご覧いただけます)
 写真提供:橋本暢公 氏
 
仁保駅の手前1 仁保駅の手前2 長門峡駅の手前1
 
長門峡駅の手前2 徳佐駅1 徳佐駅2
 
徳佐駅3 徳佐駅4
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2012年 下松市美術展に招待作品として展示された「下工弁慶号の雄姿」
…作者:鳴川辰夫氏より 投稿頂きました…
2012年下松市美術展「招待作品」 
「下工弁慶号の雄姿」 
 作者  鳴川辰夫氏(油絵・カンバス)
  略歴 所属 
1952(昭和27)年  光市生まれ 中央美術協会 準会員  下松市絵画連盟 副会長 
1971(昭和46)年 下松工業高校 機械科卒業   東京都美術館へ年2回出品 
 鞄立製作所 笠戸事業所入社  (一社)下松工業会 日立支部 支部長
1994年から油絵を始める   下松市在住  
◆作者のことば
「下工弁慶号の雄姿」について、私の思いを記述します。
 ・車体の緑は青春のカラーで、年を重ねても、いつまでも青春の活き活きした気持ちを持って
  生き抜くイメージです。
 ・煙を吐いて走る弁慶号の線路は、確かな雄姿への道標です。
 ・先端についている排障器は、人生のさまざまな障害を、勢いよく跳ね飛ばす思いです。
 ・同窓生や諸先生がたは、この弁慶号に乗って言葉を交わし、握手をし、全員が連結器で繋が
  っている、という思いで描きました。
会場にて作品と作者
(クリックすると大きな写真でご覧いただけます)
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「ある日の地方公務員」
竹中 清 (下松工業高校 第15代校長)
 小生、2012年9月14日をもって満91歳を迎えます。最近、多少、認知症の傾向が出てきたのか、昨晩も、いま持っていた物をどこに置いたのか、探しまわっていたら、傍で愚妻が、クスクス笑いながら、「そろそろ痴呆の症状が出てきたのね」そこで、小生はすぐ、言い返してやった。「ワシはなー、今から30年前までは、40年間も地方公務員をやってきたのだぞ。いまさら、チホウが取り付く筈が無い!」しかし、年齢からしても、そう長くは生きられないことは、覚悟しています。
 そこで、いままで大切にしていた、「下工弁慶号」の資料などを、「下松べんけい号を愛する会」にお渡ししておくほうが、今後にためになると考えました。皆さんのお役に立つように、宜しくお取り計らい願います。
この本文とともに、古い新聞記事、記録文、バッジ、テレフォンカードなどが、同封されていましたので、本ホームページに収載いたしました(竹中館)ので、参照ください。                  こちらから  
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校長在職時の思い出(温故知新)
竹中 清 (下松工業高等学校15代校長)
出展:公立高校退職校長会20周年記念誌(P55) 1981年 60周年記念事業の思い出「下工弁慶号」30年ぶりの修復作業&公開運転
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旧海軍徳山煉炭製造所時代の「弁慶号」の写真を発見!! 
 平成24年1月12日    会員  栗田一郎(下松市))
 周南市美術博物館での「児玉源太郎と近代国家への歩み展」の展示物の中に、旧海軍徳山煉炭製造所時代の「弁慶号」の写真を発見しました。大変、貴重な写真だと思うので、皆さんにお知らせします。
 展示期間は1月15日までですので、ぜひご覧ください。場所:周南市美術博物館で公開中。展示番号81(拡大複製写真)(図録46page
 「下工弁慶号」(当時はもちろん、この名前はありませんが)については、1907年に東京石川島造船所で国産された後に、旧海軍徳山煉炭製造所に納入され、昭和9年頃に下松工業学校(当時)に払い下げられたと伝承されています。) 
 しかし、旧海軍燃料廠の沿革資料を探しましたが、その事実関係の確認ができませんでした。この点に関するドキュメントの発見は、意味深いことだと思います。
 図録のデジタル写真を載せますが、これではなかなか判別できないので、皆さんぜひ現物でご確認ください。
 
(クリックすると大きな写真でご覧いただけます)
弁慶号がトロッコ6台を引っ張っています  煉    炭 
 
資料提供:周南市美術博物館」
海軍煉炭製造所(後に海軍燃料廠と改称)で製造された煉炭。海軍製煉炭は第一種煉炭(錨形刻印)、第二種煉炭(波形刻印)、第三種煉炭(桜花型刻印)の三種に区分された。角型煉炭の大きさは、長さ32cm,幅25cm、厚さ12cmで重さ9kgが標準であった。第一種煉炭は第一線で戦闘時に使われ、第二種煉炭は巡航時などに使われるなど、種類により用途が違っていた。 
 
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身近に見たべんけい号
徳原英昭 (会員:周南市)
 平成23年7月2日(土曜日)、下松べんけい号の資料化作業に参加しました。展示ゲートの外で見るのは初めての経験でした。青空の下で見るべんけい号は、やはり格別のものがあります。思っていたよりも綺麗で驚きました。皆様に大切にされていたことがうかがわれます。
 元国鉄マンの水井さん(愛する会の幹事)のべんけい号についてのお話は、私の知らないことばかりで、下松べんけい号の現役時代を想像しながら何時間でも聞いていたい、そんな気分でした。
 途中、小さな子供連れの家族が通りすがりに見て行かれましたが、子供さんもとても興味を持っておられる様子がうかがわれ、微笑ましい風景でした。
 私は、時間の都合で1時間位しか居られませんでしたが、また機会がありましたら参加したいと思います。
 (クリックすると大きな写真でご覧いただけます)
 
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