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仕    様
詳しい年表
写 真 集
河 村 館
弘 実 館
竹 中 館
1970年頃、下松工業高校正門前に展示されていた時代 全面的な修復作業で復活し1981年、下松工業高校創立60周年で公開運転
     写真提供:(一社)下松工業会
 
「下工弁慶号」の略歴 
 べんけい号は、1907年(明治40年)に国産されました。当時、大日本軌道鰍フ発注によって、東京石川島造船所(現、鰍hHI)で製造されたという文章と写真が、「石川島重工業鰍P08年史」に収載されています。
               「石川島重工業鰍P08年史」収載はこちらから  
 この原型は、米国フィラデルフィアのボールドウィン機関車工場の、サドル型蒸気機関車といわれています。私たちの調査では、国産の蒸気機関車としては、3番目に古いものです。この機関車が、いつ、海軍徳山練炭製造所(後の海軍燃料廠)に納入されたのかは、史料的には不明です。
 1934年(昭和9年)に、下松工業学校(当時、現在の下松工業高等学校)に払い下げられて、原動機実習教材として使用されたと伝えられています。
 1951年当時、学校の正門脇に展示され、この頃から「下工弁慶号」という名前がついたといわれています。
 1965年以降、旧国鉄の電化進展によって、各地でSLが廃止されましたが、1979年にはSLファンの声援で、「SLやまぐち号」(C571の整備機)が復活しています。
 1979年、学校の職員・生徒達により、全面的に修復作業(完全分解→整備→組立)が始まり、1981年、学校の創立60周年記念式典で、公開運転されました。
 その後は、次のような多くのイベントに貸し出されて、公開走行や展示されています。
  1987年 岡山県・下津井電鉄
  1991年 高校の創立70周年記念式典で、公開運転
  1992年 柳井総合卸センター(柳井市)
  1995年 中国電力渇コ松火力発電所の創業30周年記念イベント
  1996年 日立製作所笠戸事業所の創立75周年記念イベント
  2004年 三重県・桑名市の北勢線の開通90周年イベント
  2007年 「大鉄道博覧会」(江戸東京博物館)で展示
 「下工弁慶号」は、1996年に(一社)下松工業会が下松市に寄贈しました。現在、下松市役所南側の広場のグリーンプラザで、「展示格納」されています。

                   グリーンプラザはこちらから 
                    下工弁慶号の詳しい年表はこちらから 
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「下工弁慶号」の仕様 
 製 作 年  1907年(明治40年)
 東京石川島造船所(現IHI
 形  式  B・サドルタンク方式
 加熱蒸気2シリンダー式
 スチームブレーキ式
 全  長  4,050mm
 高  さ  2,400mm
 幅  1,530mm
 軌  間  762mm
7  重  量  5.5t
8  動 輪 径  584mm
9  軸 間 距 離  1,016mm
10  煙 管   外 径  38.1mm
 厚 さ  3.2mm
 本 数  32
11   火 格 子 面 積  8.0m2
12   主 連 棒 長 さ  1,097mm
13   連 結 棒 長 さ  940mm
14   ピ ス ト ン 径  158mm
15   弁 装 置  スチーブンソン式
16   馬  力  約80HP
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詳しい年表 
 2012年6月30日 改訂(栗田一郎氏 編) 
西暦年 年 号 記        事 備     考
1850ころ 江戸時代末期 「蒸気機関車模型ナポレオン号」…フランスから長州藩に対して、蒸気機関車模型や鉄道技術が紹介された。 「ナポレオン号」の機関車模型は、わが国に4台現存しており、そのうちの1台が山口県立博物館に展示されている。
ttp://db.yamahaku.pref.yamaguchi.lg.jp/
script/detail.php?no=473
1872 明治05年 国内に現存する最古の蒸気機関車が、1871年にイギリスの造船会社 VALCAN FOUNDRY CO.LTDで生産され、日本に輸入されて、この年に、新橋・横浜間で、開業運転した。 保存場所:鉄道博物館(さいたま市、JR東日本)。後の国鉄の分類では、「150形式蒸気機関車 車号150」と、表示されている。本機の銘盤には614とある。 この保存されているSLは、当時の機関車数台から各部品を集めて、復元したもの。
1880 明治13年 旧鉄道院の「弁慶号」などが、アメッリカ ピッツバーグの H.K.PORTER&CO.LTDで製造され輸入された。 「義経号」「静御前」など合計8台のSLが輸入されて、北海道開拓に使用された。「7100型式」と分類されている。この後、1881年に「1290型式(善光号)」が輸入されている。
1903 明治36年 国内に現存する最古の国産SLの、「230形式」が、大阪の民間会社で生産された。弁慶号よりも、4年、古い。

以下、「下工弁慶号」についてのみ、記述する。
以下の※印の事項は、(社)下松工業会ホームページからの引用である。
交通科学博物館(大阪市内、JR西日本)に保存されている。汽車製造合資会社(大阪)製造。 「233形式 bP1」の銘盤がある。説明板には「現存する国産最古のSL」と明示されている。汽車製造合資会社は、明治29年 安治川で創業。本機は1967年(昭和42)、国鉄鷹取工場で動態復元されて今日に至る。(文責:栗田)
1907 明治40年 「下工弁慶号」が大日本軌道(株)の発注によって、東京石川島造船所(現:IHI)で製造された。但し、海軍徳山煉炭製造所に何年に、どういう経緯で納入されたのかは、不明。 出典:「東京石川島造船所50年史」 この中の写真によって、同機と判断されるが、但し、この資料には、この時に製作された台数については、記述がなかった(この項、文責、栗田)。(注記)当時は「下工弁慶号」という呼称は、まだなかった。

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〜1934 〜昭和09年 ※この年まで、徳山煉炭製造所(後の海軍燃料廠)の構内で、煉炭や石炭輸送に使用していた、とされている。 周南市立中央図書館で「徳山海軍燃料廠沿革史」を調べたが、本機についての記事は、発見できなかった。しかし、「児玉源太郎展」(周南市立美術博物館 2012年)において、大正時代初期に徳山・鳳鳴館が発行した「煉炭製造所の絵葉書」の中に本機が貨車8両を曳く姿が写っているのを偶然に発見したので、同館のご協力を得て当会のホームページに収載した。(文責・栗田)
1934 昭和09年 ※下松工業学校(当時、現在の下松工業高等学校)に払下げられて、原動機実習機材として使用されていた。(対価は、60円といわれている) ※徳山から下松の平田川の河口までは、海上を艀(はしけ)を使って運搬した。河口からの陸上は丸太を並べ、その上に厚い足場板を置いて、学校まで移動したという(当時の生徒の後日談)。
1951 昭和26年 ※実習に使われるうちに動かなくなり、また保管状態が悪かったので、風雨にさらされて、「スクラップ化」する危機に陥った。 ※しかし、同校の卒業生から「保存して欲しい」という多くの要望があった為、学校の正門脇に保存展示されることになった。また、この頃から「下工弁慶号」という名前が付いたとされている。
1965〜 昭和40年〜 国鉄の電化進展によって、各地でSLが廃止された。 昭和48年には、山口線のSLも廃止された。
1979 昭和54年8月 鉄道ファンの熱意によって、国鉄が「C571」を修復して、新山口・津和野間に、「SLやまぐち号」として営業運転を復活して、現在に至っている。 C57型SLは、昭和12〜22年に201両が製造されたが、やまぐち号はその1号機である。動輪直径は、175cm。その優美な外観から、SLファンには「貴婦人」と呼ばれている。この記録のDVDが発売されている。(栗田)
同年1月〜 下松工業高校の職員・生徒達により、弁慶号の全面修復作業(完全分解→整備→組立)が始まった。また、この時同時に「C621機の1/8.5モデル」を製作して、山口県立博物館に寄贈している。その時の状況は、8mmフィルムカメラで記録編集されている。 ※この修理の記録ビデオが、平成14年にJR西日本・小郡機関区のSLフォーラムで、山口短期大学の利根川貞夫教授(元・下松工業高校教諭)によって上映されて、大きな反響を得た。

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1981 昭和56年10月 下工弁慶号の修復が完成して、下松工業高校の創立60周年記念式典で、公開運転された。 この記録フィルムは、その後、DVD化されている。(栗田)
1987 昭和62年9月 (4/1 国鉄民営化実施) 
※岡山県・下津井電鉄(株)に貸出されて、同社の構内で、解体・完全修復作業が開始された。
※9月着手、12月27日に完了して、始運転した。(この時に、サドルタンクが緑色に塗装されて、カウガードが取り付けられたと推定される。(文責・栗田))
1988 昭和63年3月 ※下津井電鉄の「児島駅駅舎竣工記念式」で、公開披露された。 ※当初は下津井駅〜児島駅を往復運転の予定だったが、この間は曲線が多くて運転が困難な為に、下津井駅構内でのイベント運転に変更された。
1991 平成03年4月 ※下工弁慶号の所有権が、下松工業高校(山口県)から、「一般社団法人下松工業会」(同校の同窓会組織)に移管された。 ※9月に下津井電鉄(株)から、下松工業高校に返還された。
平成03年10月 下松工業高校の創立70周年記念式典で、公開運転された。
1992〜 平成04年12月〜 ※協同組合柳井総合卸センター(柳井市)へ貸出された。 ※1996年3月までの4年間。この期間内に、下記のような貸出しがあった。
1993 平成05年10月 ※末武公民館祭へ貸出された。 ※イベントは10月30日〜31日の2日間。
1994 平成06年4月 下松市制55周年記念式、および「切戸川桜々フェスタ '94」に貸出され公開運転した。 ※55周年記念は4月1日〜4日、桜々フェスタは4月2日〜3日。当会のホームページに、この時の写真が収載されている。
1995 平成07年3月 中国電力(株)下松火力発電所の創業30周年記念イベントで、公開運転。  ※3月31日〜4月6日の1週間。
同年12月 (一社)下松工業会が、下松市に寄贈する旨を申し出た。
1996 平成08年10月 日立製作所笠戸事業所の創立75周年記念イベントに貸出。 ※公開運転と試乗会が開かれた。当会のホームページに、この時の写真が収載されている。
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1997 平成09年11月 (一社)下松工業会が、下工弁慶号を下松市に寄贈した。市は文化財として管理する方針のもとに、下松市役所グリーンプラザで、「展示格納庫」落成式が行われた。 ※当時、米泉湖で「湖畔1周運転」が計画されていたが、最終的には、経費等の問題で実現しなかった。以後、左記の格納庫で展示、「静態保存」されることになった。
2004 平成16年3月〜 三重県・桑名市の北勢線開通90周年記念事業に貸出された。 ※平成19年7月までの3年間、修理費先方負担という条件であった。
2007 平成19年3月 北勢線開業90周年イベントで展示された。 マスコミに弁慶号を公開。読売新聞の第1面で報道され、TV愛知、中京TVで放映された。その後、「動態復元披露式」を迎える運びとなった。(資料:ASITAの会)
平成19年7〜9月 「大鉄道博覧会」(江戸東京博物館)で展示された。 ※7月10日〜9月9日、両国。弁慶号は全国の鉄道ファンの注目を集めた。
同年9月 下松市役所グリーンプラザの格納庫に返還された。 「下工弁慶号」100周年。
同年10月 下松ライオンズクラブ主催で、「おめでとう100歳!下工弁慶号お祝いの会」が開催された。 ※市内の保育園や幼稚園児300人が「長寿」を祝った。地元TV・マスコミなどが報道した。
2010 平成22年1月 「走れ!!弁慶号PJ(プロジェクト)準備会議」が発足して、調査活動などを開始した。
2011 平成23年4月 準備会議は「下松べんけい号を愛する会」と改称し、現在に至る。
なお、この会の内容は、http://benkeigo.orgを参照下さい。
(付記)この年表は、2012年6月現在までの入手資料による。
 
お礼のことば  2010年は「下工弁慶号」にとっては、すばらしい年でした。くだまつ観光・産業交流センターと「下松手づくり絵本の会(代表 金井道子氏)」ほかの方々の御厚意によって、弁慶号をテーマにした「絵本 はしれ!べんけいごう」と これを基にして加工した「紙芝居&DVD」とが制作されて、公開されました。これらの関係者のみなさまのご厚意に対して、心からのお礼を申しあげます。
 また、この年表の殆どの記事は、(一社)下松工業会のホームページに依拠しています。この中の資料の殆どは、市川五郎氏の、実に永年にわたる資料収集と整理の成果です。それとともに、これらの資料をホームページ上に再編集して公開した(一社)下松工業会の関係者のご努力に感謝いたします。また、この年表の作成のために、このホームページデータを転載することを許諾いただきました事に、重ねてお礼を申しあげます。
アピール  わたしたちの「弁慶号」は、「もの造りのまち」下松市にとっては、数少ない「近代化産業遺産」です。下松べんけい号を愛する会は、この大切な遺産の復元モデル機を製作して県内各地で公開運転しようという市民活動です。
 「絵本」の末尾にもありますように、「ぼく みんなといっしょに また、はしりたいです!!」という、「べんけいごう」の願いが、近い将来に実現することを、私たちも願っています。
 あなたにも、この活動にご参加いただけると、大変、嬉しく思います。
資料提供者 一般社団法人下松工業会、下松工業高等学校、故 市川五郎 氏(元、下松工業高校教諭)
編集・著作 くだまつ観光・産業交流センター&下松べんけい号を愛する会 
  (当会に無断での資料転載は、ご遠慮願います)
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